Q.震災からこれまでの道のりを教えてください

2011年3月11日。津波が来てものの10分で、借金までして揃えた牡蠣の養殖用のイカダと工場がぜんぶ流されてしまいました。我が家も全壊でした。毎日毎日、夜中の2時から朝の6時まで牡蠣をむいて作った財産はすべてなくなってしまいました。

町にあふれる瓦礫を見ては肩を落とし、こんな状態、あと何年すれば元に戻るのだろう、と前向きだった自分が、珍しく卑屈になりました。けれど、毎日毎日、入れ代わり立ち代わりやってくるボランティアの方々の尽力で、何とか瓦礫の山は片づいていきました。愚直な愚直な積み重ねです。でも、その積み重ねに、生きる力をもらいました。

震災直後、すべてを失ったときは、あまりにも呆然として涙は一滴も流れませんでした。けれど、全国から来たボランティアの励ましや、やさしい言葉にふれたとき、自然と涙があふれてきて、一人じゃない、そう思いました。

それに、広島のカキ養殖業者の方々が一番に駆けつけて、用意した資材でイカダを組み上げてくれました。「宮城の牡蠣がなかったら、広島の牡蠣もないんだからさ」と言ってくれたのが嬉しかったです。完成したイカダには、宮城の旗と広島の旗が誇らしげに建てられていました。

そんな中で「唐桑御殿」と呼ばれる入母屋造りの家屋は、かつては自分たちの家だったのですが、被災後はいつの間にか、ボランティアが集まる場所になっていきました。宿泊りした学生の数だけで、700人もいました。「元気が出るから、またここに来たい。」そんな声を受けて、家は「つなかん」という民宿に生まれ変わりました。みんながいつでも「ただいま」と帰ってこれる、そんな施設を目指しています。

今回の震災で大切なものを失ったのは、わたしだけではありません。震災で仕事を失くした人は多いです。そんな人たちをできる範囲で雇って、牡蠣やワカメの出荷を手伝ってもらうこともはじめました。やはり、人間には「働く喜び」があるので、それを満たすために、慣れない商売を、今日も力を合わせてやっています。

Q.BOLBOPとの出会いと一緒に取り組んだことを教えてください。
Q.BOLBOPとの出会いと一緒に取り組んだことを教えてください。

我が家を「つなかん」として、民宿に生まれ変わらせようとしていた当初に、茂木さん(BOLBOP代表取締役社長)に出会いました。

当時は民宿にするとはいえ、何をどうしたらいいか試行錯誤していました。お客さんをどう呼べばいいかもわからないし、本当にできるのかな?と感じていました。そんな中で、茂木さんが、お客さん(企業の方々)を研修でたくさん連れてきてくれました。さらに、その人たちに何を見せてどこに連れていけばいいかを話し合って、今の「体験もの」の内容を一緒に作っていきました。正直、私の目からでは、唐桑には、海とその海産物しかないので、地域の魅力がわかっておらず、リピーターが来ても「どこがいいの?」と思っていたんです 。

そんな中で、ここでしかできない「牡蠣むき体験」や「イカダ漁体験」の企画が生まれていきました。唐桑やつなかんの良さを引き出してもらい、「人ってこれを見せれば喜ぶんだなぁ」と思いました。来る日も来る日も牡蠣をむいていただけだったので、地域の魅力について考える時間もなかったんです。

今では私も、唐桑の地域の魅力に気づきましたし、ここの地域の人たちも地元に自信を持ててきたのは、大きな変化でした。今ではこのような体験ものの企画を、近所の漁師の人たちもはじめていて、6次産業化でしたっけ?それが、地域全体に広がりつつあります。

Q.BOLBOPと関わったことによる「これまでの成果」と「今後の期待」を教えてください
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企業研修としてお客さんを連れてきてくれた他、私たちの牡蠣の販路をつくってくれましたし、6次産業化の取り組みを、たくさんのTVや新聞などに掲載していただきました。そして、市役所や商工会議所に地元で見るべき場所として取り上げていただけたり、様々な人が視察のために、唐桑を訪れてくれるようになりました。それに、何といっても、雇用の数を増やせたことが一番嬉しいです。6次産業化をしていくことで、新しい仕事ができて、それをみんなで分かち合うことができました。

その結果として、ゼロから始めた取り組みでしたが、25人の雇用を作れたことに、2013年の年末調整をしていた際に気づいたんです!

活動を始めた当初は、とにかく雇用を守るために、売れるかわからないけど、とにかく牡蠣をつくっていました。その牡蠣の在庫があった時は、私自身もすごく悩んでいて、周囲の雰囲気が暗い時もありました。それに、牡蠣をつくったことはあるものの、営業、価格交渉をしたことがなかったので、時には赤字で出してしまうことも。

そんな中、丁寧に支援をしてもらうことで、今は訪問者が増えただけではなく、自分たちのつくった牡蠣が売れていることで、働いてくれる人の意欲もすごくすごく上がっています。これからもこんな温かい人の輪につながった状態がずっと続いていくと嬉しいです!

盛屋水産について

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盛屋水産は3代約100年に渡り、森と海の恵み豊かな宮城県気仙沼市唐桑地区の鮪立湾で牡蠣、帆立、わかめの養殖を営んでいる漁師一家の会社です。東日本大震災で大きな被害を受けましたが、皆さまのご支援、ご協力を頂きながら再建に向かって従業員一同、精一杯努力しています。

盛屋水産
http://www.moriyasuisan.com

ブログ – 盛屋水産 気仙沼つなぎ牡蠣の仕事。
http://moriyasuisan.blog.fc2.com

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